三国湊、越前蟹、そして「やまに水産」
三国湊
三国湊は、九頭竜川の河口に位置し、竹田川や足羽川など多くの河川が合流する地域でした。その立地から、古くから河川を利用した舟運が盛んで、日本海に面しているため、越前地域の物産を輸送し、他地域への物流の拠点として栄えました。
越前三国湊風景之図(みくに龍翔館蔵)
「三国湊」という名前は、宝亀9年(778年)に、高麗(現在の朝鮮半島)への使節団が三国湊に到着したことが、歴史書『続日本紀』に記載されています。室町時代には『廻船式目』において、「三沖七湊」の一つとして記されています。
江戸時代中期には、大坂と北海道間の物資輸送を行い、差益を得る「北前船交易」が始まり、三国湊も廻船業に力を入れ始めました。江戸時代後期には森田家や内田家などの豪商が存在し、三国湊は日本海側でも有数の北前船の寄港地として繁栄しました。この繁栄の様子は、慶応元年(1865年)に描かれた「越前三国湊風景之図」にも見ることができます。
また、三国湊の近くには東尋坊という絶壁があり、日本海の荒波が打ち寄せる美しい景色が広がっています。東尋坊は国指定天然記念物であり、柱状節理の断崖が特徴的です。また、不自然に平らになっている場所は、明治時代に行われた三国港の突堤工事の際に使用された基礎石砕石破の跡です。
東尋坊絵葉書より
やまに水産は三国湊の仲買業者として約100年の歴史を持つ、東尋坊で唯一の魚屋として知られています。
明治38年発刊の「敷島美観」小泉墨城 編によりますと
”地は街道の街に冨まざれども之を去ること遠からず、風光明媚の一勝區にして小丘長く、嘴(くちばし)を海中に突出し、全丘悉く(ことどとく)長石を以て蘇生せられ稚松丘を蔽ふて(おおうて)繁茂(はんも)す、” 「敷島美観」小泉墨城 編
と示されています。明治当時の東尋坊周辺の様子が伺われます。
越前蟹
越前ガニは、ズワイガニの代表的な種類です。福井県の近海で捕れたズワイガニは、1989年に県の魚として指定され、翌年にはシンボルマークも選ばれました。本物の越前ガニは黄色いタグが付いており、後に他のブランドガニも登場しましたが、最初にタグ付けを行ったのは越前ガニでした。越前町では冬になると越前ガニ漁が活発に行われ、これは福井県を代表する特産品であり、「冬の味覚の王者」として有名です。
では、越前ガニの歴史はいつから始まったのでしょうか? 最古の記録は、室町時代後期の公家である三条西実隆の日記『実隆公記』にあります。1511年に越前蟹についての記述がありますが、それがズワイガニかどうかは不明です。
ズワイガニが確実に登場するようになったのは、安土桃山時代(16世紀後半から17世紀初頭)と考えられています。この時期に深海漁が可能になり、ズワイガニも捕獲されたとされています。また、若狭地方では17世紀には既にズワイガニが漁獲されており、これは全国に広まっていたと考えられています。
ズワイガニが広まる過程で、漢字での名称「楚蟹(すわいがに)」が使われ始めました。この名前の由来は、ズワイガニの細長い脚が木の幹から枝が伸びたように見えることからきていると考えられています。江戸時代になると、ズワイガニはすでに漁獲され、京都などへ運ばれていた記録が残っています。
越前ガニは数世紀にわたり、福井県を代表するカニとして歴史に名を刻んできた美味しいカニなのです。
やまに水産と越前蟹漁
ズワイガニは江戸時代の中頃から少しずつ漁獲され始め、本格的に漁が行われるようになったのは明治時代に入ってからです。明治初期は丹生郡のみでしたが、中期になると三国町でも漁獲が始まりました。。
やまに水産は、明治創業以来、福井県三国港の仲買業者として、三国湊で水揚げされる越前蟹をとりあつかっています。
また、福井県ブランドを示す黄色タグ と、献上がにで有名な坂井市三国町の三国港に水揚げされた1キロを超えるズワイガニに限定して付けられる、「献上品質」と刻まれた黄色のタグの両方が付けられた「皇室献上級 越前蟹」の目利きには、地元の魚屋さんはもちろん、全国の有名料理人や食通から絶対の信頼を寄せられているます。
皇室への献上
明治時代に入ると、越前ガニが皇室への献上品として知られるようになりました。最初の献上は明治42年(1909年)とされております。
明治43年(1910)元旦の福井新聞によると
「蟹を献上す」の見出しのもと「客秋 東宮殿下の行啓に際して殿下が本県の物産陳列場へ成らせられたる時、中村知事は一々御説明申上げつつ、本県の水産物に関し蟹の美味たることを言上し、且つ仝漁期に至れば献上致したきことを侍従へ申出でたる由して、知事は旧臘状況を機とし、態さ丹生郡四箇浦より新鮮なる蟹を取寄せ、自身之れを携帯し、帰京早々東宮御所に奉伺し、献上の手続を為したるに殿下には深く御満足あらせられ、即日御晩餐の御膳、召させられたるやに漏れ承はる」 明治43年(1910)元旦の福井新聞
とあります。その後も献上が続けられました。現在でも三国港で捕れた越前ガニが天皇皇后を含む宮家へ献上されています。
その後、代々の天皇には、毎シーズン三国港で獲れたカニが献上されてきました。このため、越前蟹は献上ガニとしても有名です。献上は大正11年(1922年)から続いており、ただし、戦後の3年間と昭和天皇崩御の年を除きます。現在は、三国の魚問屋が交代で献上の役割を担当しています。2007年には、2月7日に三国漁港で捕れた越前ガニから15匹が厳選され、天皇皇后両陛下、皇太子家、秋篠宮家、常陸宮家、三笠宮家に届けられました。これにより、今でも天皇皇后を含む7つの宮家への献上が続いています。
やまに水産と献上がに
やまに水産は、明治創業以来、百有余年、福井県三国湊の仲買業者として、日本海の水産業に携わっています。
皇室献上蟹は平成元年より、四年に一度、巡ってくる皇室への献上がに贈呈の機会をいただいております。 宮内庁御用達は私たちの誇りです。